SSブログ

 「風を聴け」で知られる 丸伊 満 さん [飛翔技術・飛行訓練]

私が、丸伊 満 さんの名前を始めて目にしたのは、1990年11月の北海道新聞のニュースでした。

CA394803.JPG
滝川航空協会所属の動力グライダーが日高山脈の山岳波を使用して絶対高度日本記録7,167mを樹立したとの写真入のニュースでした。

当時私の英雄は、1983年 ミッチェル・ウィング・ウルトラライト機を改造した自作U-2機で、2万5940ft(約7,912m)のクラス世界高度記録を樹立したアメリカのデイック・ローレイだったから、身近に誕生した英雄 丸伊満さんの活躍に心ときめかせたものでした。

丸伊満さんはその後も、滝川市職員として滝川航空協会の教官を務めながら、世界の競技グライダー選手権で華々しく連戦したが1998年11月25日、オーストラリアで開催のグライダー選手権の競技中に空中接触事故で亡くなられました。 道半ばでした、全く惜しい方を亡くしてしまいました。

その丸伊満さんが1,992年7月にグライダーパイロットのために書き下したのが GLIDER PILOTS FLIGHT MANUAL-BASICS-「風を聴け」です。
今も、多くのグライダーパイロットからバイブルと慕われつづけている名著ですが現在は絶版
(復刻版がでました http://www.japan-soaring.or.jp/2017-07-17/

丸伊満と検索すると必ず 「風を聴け」がヒットするのだが不思議なことに、私の憧れの丸伊満さんの人となりの情報はウエブ上では今や皆無に近い。
いくら著作があっても、ウエブ上にアップされていないかぎり世間の記憶は遠ざかる・・・

丸伊満さんは北海道大学理学部卒のエリートで進む路は沢山あったでしょうに、クラブ活動が発端でグライダーの魅力にのめり込み、空への夢を優先して、滝川市教育委員会に就職、発足したばかりの滝川航空協会のグライダー教官を務めながら、それにとどまらず数々の空の冒険にチャレンジした本物の飛行機野郎なのにそれを発信しているウエブ情報は少ない。どなたかウイキペディアにでも載せて下さいな!

私に今できることは、最近入手した「風を聴け」の著者略歴を、ウェブ上にアップして、心から空を愛し続けた丸伊満さんのライフワークを Eー検索でなるべく多くの方の目に触れてもらうようにすることでないかと思う。

CA394805.JPG

「風を聴け」著者略歴

CA394804.JPG
丸伊 満  (まるい みつる)
昭和32年4月7日、兵庫県生まれ。東京で育ち、高校(都立青山高校)在学中には山岳部で登山に没頭。北海道大学理学部に進学と同時にグライダー部に入る。大学修士過程では藻類(海藻)の研究を行う。
1983年修士課程終了。滝川市長に対し、地域行政が本格的に航空スポーツに取り組むための企画書をプレゼンテーションし、それを契機に滝川市役所に入庁。教育委員会青少年対策室に勤務し、滝川航空協会の操縦教官を兼務した。
北海道の空の特色を、制約のない空域、山岳が生む強い上昇気流、随所にある着陸可能地などにあるとする持論は、北海道開発局の主導する北海道スカイスポーツ・ネットワーク構想に色濃く反映された。
滝川市はこの構想最大の焦点というべき「滝川航空公園計画」(222ページ参照)を実現させ、同時に誕生した社団法人滝川スカイスポーツ振興協会(SATA)はプロフェッショナリズムを発揮できる日本唯一のグライダースクールとして定評を得ている。また滝川市では、市民をはじめ一般グライダー等による体験搭乗者数は、約14年1万人にものぼっている。
現在、SATAの主任教官として、北海道を日本を代表するフライトエリアとして開拓することをライフワークのひとつにしているが、すでに570km以上の距離飛行や、高度7,000m以上の高高度飛行を実現している。
さらにこうした成果を踏まえ、滝川が国際滑空界におけるアジアの拠点として認知を得、ヨーロッパやオーストラリアなど滑空先進国と定期的交流をしながら総体的なレベルを向上させ、自らも集中したトレーニングを積み重ねることで1990年代の終盤には世界でも認められる競技パイロットになることを課題としている。
加えて精力的な著作・執筆活動も行い、日本の滑空界に貢献したいと願っている。翻訳書に「GOING SOLO」
(SATA刊)がある。
現在、滝川市スカイスポーツ課スカイスポーツ係長。過程は妻と娘2人の4人家族。

(主な樹立記録/競技成績等)
1990年11月24日
   動力滑空機(単座)獲得高度・絶対高度日本記録
   <7,176m,北海道日高山脈上空>
1992年5月
   第10回日本滑空選手権優勝 <15mクラス>
   以後、積極的に海外の競技大会に参加開始。
1994年10月
   第33回オーストラリア選手権4位 <スタンダードクラス>
   日本人としてはじめて」海外のメジャー大会に入賞を果す。
1995年5月
   たきかわマスターズ’95国際グライダー選手権大会3位
   
グライダーでの総飛行時間 3,100時間
            総飛行距離 73,000km
最長飛行距離   国内 755km(北海道)
            国外1,042km(オーストラリア)
            航空記章 3ダイヤモンド章
                                      ( 19996年8月現在 )

1998年11月25日、オーストラリアで開催のグライダー選手権の競技中に空中接触事故で亡くなられました。

風になって舞う 丸伊 満 さん を偲びつつ


今日の記事は如何でしたか?
ブログランキングに参加しております
ブログランキングがブログ更新の励みです。 よろしければ下のボタンから応援してやってください。

セルフビルド ブログランキングへ
にほんブログ村 住まいブログ セルフビルド・ハーフビルドへ
にほんブログ村

飛行機 ブログランキングへ
にほんブログ村 その他趣味ブログ 航空・飛行機へ
にほんブログ村

nice!(30)  コメント(9) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

nice! 30

コメント 9

tsun

密度の濃い人生を送られていたとは思いますが、それにしても若くして亡くなられていますね。
危険を伴うスポーツ(?)だからこそ、それで亡くなられたのはある意味残念でなりません。
by tsun (2016-04-22 11:36) 

路渡カッパ

映画化されてもいいような人物ですね。
今「丸伊 満」で検索したら、ここの記事がでてきますね♪
by 路渡カッパ (2016-04-22 16:48) 

辻

紹介

言霊百神
by (2016-04-22 18:33) 

ロートレー

tsun さん もう18年も前の話ですが
悲報を知らせた新聞記事を見たときの衝撃は今でも忘れられません。
自作飛行機に夢中な私にとって、まさに憧れの人でしたから・・・

by ロートレー (2016-04-22 20:44) 

ロートレー

路渡カッパ さん こんばんは!
昨年、日本航空協会の航空図書館で絶版の丸伊さんの「風を聴け」を見つけたのです。
嬉しくて、携帯カメラに収めたら職員から注意されてしまったのがきっかけで
、なんとしてもこの本を入手したくなりました。
いま「丸伊 満」で検索したら本から転写した丸伊さんの画像が一番前にアップされていましたので少しは望みが満たされた思いです!
by ロートレー (2016-04-22 21:09) 

ma2ma2

グライダーは結構事故が多いみたいですね!
ハワイでパイパー操縦してきました(^^)
by ma2ma2 (2016-04-23 10:07) 

ロートレー

ma2ma2さん ハワイでパイパーを操縦してきたのですか~!
軽飛行機の中では高速機で、セスナより操縦が難しいとか
凄いな~
羨ましいです(^^)

by ロートレー (2016-04-23 10:50) 

ワンモア

航空業界から何十年も離れていた時期があったので、
丸伊満さんという方は存じ上げませんでした。
私の知り合いでも、ハンググライダーとモーターグライダーの事故で、
無くなった方、車いすになった方がいますが、
それでも空への魅力は尽きないと思います。
貴重な情報ありがとうございます。
by ワンモア (2016-04-23 15:02) 

ロートレー

ワンモア さん
僻地の滝川航空公園が日本のグライダーのメッカとして有名になったのも、丸伊さんの活躍によるところが大きかったものと思われます。
しかし、残念ながら、どれほど優れた操縦技術の持ち主でも避けられないのが空の事故ということなのでしょうか・・・・・・・
by ロートレー (2016-04-23 17:07) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。